衛生管理者の職場巡視、産業医と違うのか?役割と実施方法を解説します。

衛生管理者が行う定期的な職場巡視は、職場環境の衛生面や従業員の健康を維持するうえでとても大事な仕事であり、法律上実施が定められた義務です。とはいえ、多くの衛生管理者が人事・総務などの主業務を抱えているため定期的な職場巡視の業務負担は軽くありません。
また職場巡視に限らず、職場環境の改善は衛生管理者と産業医が二人三脚で取り組んでいく業務です。そこで今回は、職場巡視という仕事の特徴から分かる衛生管理者がどこまでの役割をもち、どこから産業医に任せて良いのかといった実務上の基礎知識を詳しく解説していきます。
衛生管理者と産業医の職場巡視
職場巡視とは、安全かつ快適に働ける職場環境をつくるために欠かせない産業保健業務のひとつです。担当者が実際に作業場を見まわるこの仕事は、安全衛生上の問題発見と改善につなげることを目的としています。労働安全衛生法では、各担当者における職場巡視の頻度を次のように定めています。
- 衛生管理者 → 週1回以上
- 産業医 → 原則は毎月1回以上(条件付きで2ヶ月に1回)
- 安全管理者 → 頻度に関する規定はなし
- (建設業関係)統括安全衛生責任者 → 毎作業日1回以上
- (建設業関係)店社安全衛生管理者 → 月1回以上を義務付け
職場巡視は労働者の働き方を知るいい機会
職場巡視をする最大の利点は、労働者の置かれた状況や職場の雰囲気などを深くイメージできるようになることです。例えば、一般企業で働いた経験が少ない保健師が衛生管理者になった場合、実際に現場で行なわれている作業内容がわからず、労働者の現状に合った助言やサポートができない可能性が出てきます。
また、誤った指導や措置などにより働く人のストレスを今以上に増大させないためにも、実際の仕事内容をきちんと把握したうえで、理に適った対策を講じる必要があるのです。こうした特徴を持つ職場巡視に対して、産業医などの専門家の中には「職場の診察」を例える人もいます。
衛生管理者と産業医の関係
衛生管理者と産業医は、同じ労働安全委員会などに所属しながら事業場の衛生管理を改善するために、協力し合う関係です。(設置委員会の種類は、事業場で使用する労働者の人数や業種などによって異なります。)
健康診断や面接指導といった労働者と1対1の仕事が多い産業医には、古くから巡視などの事業場全体に関する仕事に手が回りにくくなる傾向がありました。こうした問題を改善するために生まれた衛生管理者は、産業医の助言や指導などを踏まえた改善策の実施や、事業場外資源との連絡調整といった現場に近い仕事を多く行ないます。
また、衛生管理者が高い頻度の巡視で得た情報は、医師がその事業場内の雰囲気や労働環境を把握し、適切な健康管理を進めるうえでも非常に大事な判断材料となるのです。
職場巡視の流れ
衛生管理者や産業医による職場巡視は、大きく分けて3つのステップ(事前準備→ 実施 → 事後処置)で進められていきます。
(1) 職場巡視の事前準備
頻度がそう高いとは言えない巡視で効率よく収穫を得るには、チェックリストや計画書の作成、対象現場の情報収集といった準備が不可欠です。チェックリスト内で判断基準を明確化すると、評価のばらつきが生じにくくなります。
日常業務を行なっている現場に迷惑がかからないようにするためには、タイミング良く優先順位に沿った確認ができるように、マップも作成しておいた方が良いでしょう。このような事前準備を通して巡視イメージを具体化しておくと、衛生管理者で週1回、産業医は1ヶ月もしくは2ヶ月に1回という非常に少ない巡視であっても、適切な措置につながる情報が効率よく得られやすくなります。
(2) 職場巡視の実施
巡視の実施では、次のような着眼点を持って現場をまわるのが理想です。
- 災害が起こるシーンをイメージする(標準の作業ではやらないことを敢えて想像する)
- コストや品質、作業性などの間接的な災害要因にも目を向ける
- 積荷や汚れの姿から、作業者の行動を想像する
- なぜその現象が起こるのか、背景を考える
- 粗探しだけでは嫌われるので、良いところも必ず見つける
事務所や休憩室、トイレ、喫煙室などの作業以外で使うスペースのチェックも必要です。巡視の最中に転倒などのトラブルを起こさないためにも、現場の指示どおりの服装や保護具を身につけるようにしてください。
(3) 職場巡視の事後措置
職場巡視がひと通り終わったら、事後措置として記録作成、リスク評価、指摘への対応を進めていきます。
リスク評価で多く用いられるのは、厚生労働省でも紹介しているリスクアセスメントという手法です。これは、職場巡視などによって見つけ出された危険の芽から、予測される労働災害の大きさを見積もり、問題の大きなものから順に対策を講じる方法となります。こうした仕組みを使って適切な評価をすれば、多くの問題を抱えた事業場であっても、対策の優先順位を決めやすくなるでしょう。
指摘への対応については、職場巡視で発見した事項を現場にフィードバックするだけでは改善されないことが多いです。職場巡視で発見した問題を解決するには、安全衛生委員会の活用がおすすめです。詳しく知りたい方は以下の記事を参考にしてください。
発見された問題を委員会内で共有をすれば、労働者のメンバーから対応や改善が難しい理由なども詳しく教えてもらえます。また、衛生管理者や産業医の考えた案をスムーズに実践してもらうためには、単純にその内容を押し付けるのではなく、実践しやすい改善策を委員会の保健衛生スタッフみんなで考えるのが理想となるでしょう。
衛生管理者とは?
労働安全衛生法で定められた衛生管理者とは、事業場の衛生全般の管理をする資格保有者の総称です。労働環境における衛生面の改善や、疾病の予防・措置といった非常に多くの役割を担う衛生管理者は、その職場の環境に合った国家資格(衛生工学衛生管理者、第一種衛生管理者、第二種衛生管理者)が必要となります。
衛生管理者の主な役割・業務内容
衛生全般の管理を担う衛生管理者は、以下の仕事が挙げられます。
- 健康に異常がある従業員の発見および処置
- その事業の労働者が行う作業が他の事業の労働者が行う作業と同一の場所で行われる場合の衛生に関して、必要な措置
- 健康相談や衛生教育、その他の労働者の健康保持に関わる必要な事項
- 作業環境における衛生上の調査
- 施設や作業条件などの衛生上の改善
- 救急用具や労働衛生保護具などの点検および整備
- 労働者の負傷および疾病、それによる死亡、移動および欠勤に関する統計作成
- 衛生日誌の記載など職務上の記録整備
- 事業場の定期巡視
仕事の忙しい従業員に健康診断の受診を促したり、結果が悪かったときに産業医との面談を取り付けるのも衛生管理者の大事な役割です。勤務日数や労働時間の集計中に休みがちな従業員を見つけた場合、早めに声掛けをして病院への受診を提案することも必要です。
これだけ多くの役割をこなす衛生管理者には、巡視や調査の結果から、問題の優先順位をつける判断力が求められます。また、健康に異常のある従業員や問題を抱えた現場に、適切な措置を講じる役割から考えると、より良い対策を考えるだけでなく、その内容を労働者が納得できるレベルまで落とし込む提案力やコミュニケーション力も必要となるでしょう。
ちなみに衛生管理者は、有資格者であれば誰でも良いというわけではなく、産業医を中心とした委員会などのメンバーと従業員の双方が気軽に相談できる人柄なども必要であるとも言われています。
産業医の職場巡視の頻度は法改定により2ヶ月に1回でも可能
2017年の労働安全衛生法の改正により、従来は「毎月1回以上行なうこと」と義務付けられていた産業医による巡視の頻度が、次の2条件を満たすことで「2ヶ月に1回でも可能」となりました。
産業医の巡視頻度を減らす条件
- 所定の手続きを経て事業者の同意が得られていること
- 事業者から産業医に所定の情報を毎月提供できること
こうした制度変更が生じた背景には、職場におけるメンタルヘルスや過労死などの問題が多様化する中で、産業医の業務が増加している状況が大きく関係しています。職場巡視の頻度を下げ、必要な措置に欠かせない情報を巡視とそれ以外の手段の組み合わせから得た場合、負担の減った医師に健康相談などの形で労働者と直接向き合う機会が増えるなどの好循環が生まれます。
またさまざまな保健衛生の問題により、産業医の業務を効率的かつ効果的にする必要のある現代社会では、医師よりも頻繁に現場をまわれる衛生管理者などとの連携が強く求められていると捉えて良いでしょう。
産業医の職場巡視の頻度は事業者の一存で変えられる?
産業医が事業場をまわる頻度を変えるときには、医師の意見を安全衛生委員会などで調査審議したうえで、事業者の同意をとるための決定をする必要があります。したがって、委員会に参加している保健衛生スタッフの意見を聞かず、事業者や産業医の一存で職場巡視の頻度を変えることは法律的にできません。
産業医に提出すべき所定の情報
職場巡視の頻度を減らすためには、事業者側から産業医に次の情報を毎月提供する必要があります。
毎月提供する情報
- 衛生管理者が毎週1回以上行なう作業場などの巡視結果
- 長時間労働者の情報
- 衛生委員会などの調査審議を経て事業者が産業医に提供をすると決めた情報
この中で最も重要となる巡視結果には、実際に事業場内を見まわった衛生管理者の氏名と日時、具体的な場所を記入するルールとなっています。巡視中の衛生管理者が、作業方法や衛生状態、設備に有害な恐れがあると判断した場合は、そのリスクに対して行なった対策の内容もわかりやすく記載しなければなりません。
続いて長時間労働者の情報では、次の2条件の両方に該当する従業員の氏名と、実際の超過時間を記入します。
該当する長時間労働者の条件
- 1週間に40時間以上働いている
- その累計時間が1ヶ月で80時間を超えている
事業主側で産業医に伝えておきたい内容があった場合、委員会の調査審議を経て決定に至れば、他情報の提出も可能です。実際の企業では、次のような情報を産業医に報告しています。
追加情報例
- 新規で使用予定の化学物質名や設備名、それを使う業務内容と作業条件
- 健康への配慮が必要な従業員の氏名および労働時間数(労働安全衛生法の第66条の9)
- 従業員の休業状況 など
まとめ
安全衛生上の問題を把握するために、実際に作業環境を見まわる職場巡視は非常に大切な仕事です。週1回以上の巡視が義務付けられている衛生管理者は、その内容を産業医に報告し、相互に連携する役割も担っています。2017年の労働安全衛生規則の改正により、今まで月1回以上だった産業医の職場巡視が、いくつかの条件を満たすことで2ヶ月に1回でも可能となりました。こうした制度の変更により、産業医と同様に職場巡視を行なう衛生管理者の重要性は今まで以上に高まっていると捉えて良いでしょう。