感染症流行時のBCP。安全配慮義務を守るための人事の考え方

緊急時に本当に役に立つBCPにするためには、どんな内容を盛り込むべきなのでしょうか。新型コロナウイルスの時は、安全配慮義務に苦労する企業が多く見られました。
ここでは、安全配慮義務の観点から、BCPに最低限検討すべき項目と、検討するときに大事になるポイントをまとめました。
BCP(事業継続計画)は、緊急時に会社を存続させるために必要不可欠なものです。平成29年時点では、81.4%もの大企業がBCPを策定し、内閣府は2020年のBCP策定率を100%にするという目標*を掲げています。新型コロナウイルスの影響もあり、BCPを立てることはあたりまえになってきています。

しかし、緊急時に実際に役に立つBCPを作れている企業は少なく、新型コロナの際にも焦って対応したことで従業員の健康を害してしまうケースが見られました。ここでは、人事・労務や労働安全衛生を中心に、緊急時に実際に使えるBCPにする方法をお伝えします。

*大企業において。中堅企業では50%目標。(国土強靱化推進本部 国土強靱化年次計画2019)
事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)とは
感染症、台風や地震などの自然災害、不祥事などの緊急事態が発生した時に、企業の重要な業務が継続されるよう予め戦略を立てた計画書です。バックアップシステムの設備や安否確認方法や人員確保の方法などが含まれます。詳しくはこちらをご覧ください。
企業の事業継続計画(BCP)の策定事例についてはこちら。
BCP策定に必須の検討ポイント
緊急時には、従業員の勤務対応がよく問題になります。在宅勤務を許可するのか、出勤させるときはどのような配慮が必要なのか、多くの問題が発生してきます。
人事・労務の判断基準があいまいだと、従業員が危険に曝されたり労使間の問題に発展します。勤務について基準を事前に設定することで、スムーズに勤務を続けられます。
また、在宅勤務になると産業保健の面でのケアが難しくなります。労働安全衛生の観点からも事前に規定しておくことがありますので、下の表でチェックしてみてください。

人事・労務に関する検討ポイント
勤務体制の変更ルールを定める
BCPでは、次の3つを定めておくと良いです。
- 出社勤務と在宅勤務の切り替え基準
- 他社への訪問やお客様の来社を禁止する基準
- 勤怠管理ができなくなった場合の給与計算や支払方法
緊急時には通常通りの出勤ができないため、在宅勤務や出勤停止命令を出すことがあります。あるいは、従業員保護のために帰宅禁止にすることもあります。
公共交通機関が運休になったり、職場の安全性が確保できなくなったら在宅勤務に切り替えるなど、基準が必要です。出社基準判断の策定には「こちら」を参考にしてみてください。
また、システム障害やアクセス不可によって勤怠の記録も付けられなくなるため、勤怠の報告方法や給与管理の方法も変わってきます。給与計算はひとまず定時勤務の想定で支払い、落ち着いてから過不足を調整する、などのルールを決めておきましょう。
勤務環境を整備する
従業員の生産性とモチベーション維持のためにこれらを規定・準備しておきましょう。
- 現場で必要になる物品の備蓄
- 在宅勤務に必要な物品の備蓄と提供方法の規定
- 作業環境条件の規定
緊急時に必要になる物品をリストアップして備蓄しておいたり、必要な予算を確保できるようにしておきます。また、在宅で機密情報を扱うときの条件や、同居家族がいる場合に必要な配慮など、作業環境についても基準を決めておくと良いです。
ハラスメントやストレスの発生を防止する
上司が無理やり出勤を命じたり、不相応な業務をさせることはパワハラにあたります。また、災害で帰宅できずに会社に宿泊する場合、セクハラが発生してしまう可能性があります。
上司のマネジメントや緊急時の対応でどのようなハラスメントが起こるかを想定し、防止策を定めましょう。
労働安全衛生に関する検討ポイント
感染症、労働災害、メンタルヘルス対策を定める
突発的な感染症の発生時に企業が法的に対応すべきことについて、安全衛生委員会での資料作成や企業の対応方針の考慮に役立つ参考資料を「こちら」にまとめました。人事部(安全衛生委員会担当)の方向けに、医学的知見に基づいた情報を発信しています。
事業を継続させることを重視しすぎると、従業員の健康が疎かになることがあります。職場環境の安全性の基準や、長時間労働の防止など、労災を防止するためのルールも定めると良いです。
通常の健康管理が継続できるルールを定める
緊急時に産業保健スタッフ内で問題になる点を以下にまとめました。事前に会社としての方針を定めて、トラブルが起きないようにしましょう。産業保健スタッフはオンラインのシステムに慣れていないことも多いため、事前に練習をしておくと安心です。
- 産業医面談や保健師面談をオンラインで実施してよいのか。
- 在宅勤務で健康情報の取り扱い方法はどうするのか。
- 衛生委員会や職場巡視は行わないといけないのか。
- 健康診断やストレスチェックは実施しないといけないのか。
- 慣らし出勤中の社員は在宅勤務でいいのか。
- 全社員の出社停止期間は、休職可能期間に含めていいのか。
トラブルなく対処するために重要な考え方
BCPで全ての緊急事態を予測して事前にルールを決めておくことは、不可能です。緊急時でも柔軟に対応し、トラブルなく乗り越えられるように、次の3つに注意して緊急時対応を進めてください。
ルールを事前に定めてから実行する
緊急時で直ぐに対応しなければならない時でも、一度文章に起こして簡易的にでも労働者側との合意を取るようにしましょう。使用者側で一方的に決めるのではなく、労働組合や衛生委員会の場を利用して双方の同意を取ります。
事前の合意が厳しい時は、時間が経って落ち着いてきてから合意形成の場を設けることだけでも事前に定めておきます。
ルールに決まっていない労務管理をすると、後でトラブルになる危険があります。在宅勤務のルールや勤怠管理の方法等、事前にルール化するように徹底してください。
産業保健スタッフを最大限に活用する
健康のことは産業保健スタッフに聞くのが一番安全です。産業保健スタッフの意見だとすることで従業員の納得感が上がります。
産業医や保健師は、従業員のパフォーマンスを高める環境づくりのために雇われています。感染症やストレスなどに適切に対応するためにはどうしたらよいのか、意見を求めましょう。
また、従業員の健康情報は人事労務が扱ってはいけないことが多いです。産業保健スタッフが自主的に従業員のケアを進められるよう、人事労務担当はそのサポートに回ると良いでしょう。
自社に適した対策か精査し、フィードバックを得る
他社の成功事例をそのまま自社に導入しても、失敗してしまうことがあります。対策を実行することで起こりうる問題をリストアップし、自社に本当に必要な対策なのかを検討しましょう。
例えば、新型コロナのとき、GMOインターネット株式会社がいち早くテレワークを導入しました。売上にほぼ影響がなく、GMOの対策は成功し、他の企業も後に続いてテレワークに乗り出しました。(GMO社がBCP策定の情報提供をしているサイトは「こちら」。)
しかし、GMOに続いてテレワーク導入した企業には、失敗した例もありました。良好事例をそのまま取り入れてしまい、自社に合わなかったのです。
テレワークをすると、従業員の精神的、経済的負担が増えます。テレワークはコミュニケーションが取りにくいため、マネジメントが機能しなくなったりストレスが溜まったりします。通信費や水道光熱費などの経済的負担も増えるため、企業が負担するのかという問題も出てきます。
対策による影響やデメリット考慮した上で、対策を立てていくことが大切です。
緊急性が下がった時のアクション
緊急事態が収まってきたら、企業が取ってきた対応をまとめて、次の有事に備えます。主な作業は、①実行した対策について労使間で合意を取る、②次に備えてBCPを更新する、という2つです。
企業対応について労使間の合意を取る
緊急事態中の企業対応について、十分な労使間合意が取れなかったものについて、正式に合意形成して就業規則等の社内規定に反映させます。きちんと合意を取っておくことで、その後もトラブルを防ぐことができます。
衛生委員会で議題に上げたり、労働組合を活用するとよいでしょう。
BCPを更新する
緊急事態に対応する中で出てきた新しい問題について、再度企業で検討してBCPに加えます。自然災害だけでなく、オリンピック開催時などもBCPが活用できます。
BCPが必要になる場面は、数年おきに発生しています。中小企業庁が出している、BCP作成のガイドブック一覧などを活用して、ぜひ自社のBCPを作成してみてください(こちら)。